鳴海製陶を訪ねて
磁器への熱い思い。鳴海製陶に、いにしえのロマンを訪ねる。
人類が造った宝石。ようこそ「磁器の世界」へ。
中国の景徳鎮、日本の伊万里。
旅路の始まりは東洋。世界を巡る磁器の旅がはじまる。
その優品の数々がヨーロッパを魅了した遥か昔に思いを馳せて…。 鳴海製陶を訪ねる一日は、磁器をめぐるノスタルジック・ジャーニー。 ボーンチャイナの歴史。
世界を巡る旅路で、美しく蘇った磁器。世界で最も早く磁器が発達した国、中国。国名のchinaが磁器を意味するようになったことからもうかがえるように、磁器が持つ滑らかな肌、美しい光沢は世界中の羨望を集めたといわれています。中国には「チャイナクレイ」と呼ばれる最高の素材があったことが磁器を生んだ最大の理由。とはいえ、高温で焼成する生産方法は難度が高く、既に十一世紀に完成していたことは、驚異的な技術力の賜です。一方、日本でもその技法は中国から朝鮮半島を南下し伝えられ、十七世紀には有田で磁器が作られました。有田の泉山陶石という素材の発見。それが幸運にも日本に磁器をもたらしたのです。 ヨーロッパ諸国を駆け抜けた心奪われる美しさ。
ところで、洋食器の本場であるヨーロッパはといえば、磁器製法の確立については日本より遅れること約一世紀。その間、中国や日本から渡って来た美しく硬い磁器は当時、大変貴重なものだったといいます。ヨーロッパで初めて磁器製造に成功したことで有名なザクセンのアウグスト一世に至ってはプロシア国王の愛蔵の中国製の四十六個の花瓶が欲しいあまり、なんと花瓶と龍騎兵隊一連隊を交換してしまったという話が残っています。後にアウグスト一世は錬金術師ベドガーに命じて磁器製法の秘密を解明させ、その製法が漏れないようにと、職人を幽閉します。が、職人の脱走にともなって次々と製法が漏れ、たちまちヨーロッパ全土に広がっていったのです。イギリスにて産声をあげる。骨灰を使用したボーンチャイナの誕生。
ところが、磁土に恵まれず、優れた磁器を生産することができなかったイギリスは、試行錯誤を重ねるうち、遂に骨灰を使用することを発見。まさに必要は発明の母。この偉大な発見こそが、現在のボーンチャイナの礎となったのです。こうしてイギリスで産声をあげたボーンチャイナは、産業革命という時代的背景や王室の庇護によって一気に発展。陶磁器メーカーの名に「ロイヤル」という文字が多く冠せられているのはその名残です。長年培った技術と独自の研究を重ね鳴海製陶がついに量産化に成功。
このボーンチャイナがそれまでの磁器と異なる点は、アイボリー調の素地(きじ)、透光性、そしてさらに増した強度でした。この製法は今から百年前には既に日本に伝わっていましたが、あまりの難しさから、各メーカーともなかなか量産ベースまでには至らなかったといいます。鳴海製陶は、前身である帝国製陶所が明治四十四年に創業して以来、長年培ってきた技術に独自の研究を重ね、昭和四○年、ついに量産化に成功。 日本で初めてのボーンチャイナ製ディナーフルセットをアメリカに向けて輸出しました。再び日本へ。ナルミボーンチャイナの誕生。
羨望を集めた日本の磁器が海をわたり、時を経て、再び日本に戻ってきたという不思議さ。美しく強く蘇った磁器、ボーンチャイナとしての里帰りは、最高のクオリティの域に達した磁器の、長い旅路の一つの終着点でもあったのです。 ボーンチャイナ、 その技術。 練金術師の夢。 ボーンアッシュとの出会い。 それがナルミボーンチャイナの始まり。 ナルミボーンチャイナの特徴は、繊細でありながら、一 般の磁器に比べ2倍の強度があるということ。その秘密は、 精製された良質な磁器原料に含ませている高純度の骨灰( ボーンアッシュ)の含有率にあります。けれども、この世 界に誇る高い含有率は、成形を難しくするという問題点で もあったのです。ナルミボーンチャイナの開発は、この難 題を克服するための試行錯誤の日々だったといいます。現在の工場を訪れる。ナルミボーンチャイナができるまで。
そこで、さっそく工場を訪ね、ナルミボーンチャイナが 出来るまでを見学してきました。 高い技術力と行き届いた 管理体制で、 丹念に作られる逸品たち。 順を追って簡単にご紹介すると…。まず、成形はロクロ か鋳込みによって行われます。次は焼成。一二五○度で素 地(きじ)の締焼をしたあと(この工程を経ると器は約二 ○%縮小します)、透明なガラス質の釉薬を使用し一一五○ 度で釉焼します。さらに素地に手描き、または転写によっ て丹念に絵付けを施します。金の装飾も同様に一枚ずつ手 描きで仕上げ、窯入れによってこれらの絵柄を焼き付けま す。工場は窯の温度を保つために二十四時間体制。多くの 人々の情熱に育まれてナルミボーンチャイナは誕生します。 職人の息吹を吸い込んで 器は土と炎の 芸術品になった。高い技術力と行き届いた管理体制。丹念に作られる逸品たち
寸分狂いのない器の成形にはじまり、丹念な絵付けまで。 工場内では規則的な機械の音と黙々と作業をされる職人さんのひたむきな姿が印象的です。いくつかの工程を経て、 器が厳しい検査をパスするなかには、人の手のやさしい温 もりも確かに感じました。ここ鳴海製陶の広々とした工場のなかで、次々と作られ る色とりどりの器たち。艶やかな発色で彩られた美しいデ ザインの器は、まさに土と炎の芸術品。それは、いにしえ の錬金術師たちが描いた夢、そのものなのかもしれません。 温故知新。匠たちの終わらない夢。現代の練金術師。 憧れは永遠に、どこまでも広がる夢模様。 現代の匠の仕事。 脈々と受け継がれてきた伝統の技法を守りながらも、決して立ち止まらない。 それが、夢の器づくりに賭ける現代の匠たちの仕事です。もっと美しく、軽やかに。そしてさらに個性豊かに。 私たちをとりまくさまざまなシーンと気の合う素敵な器を産み出したい…。 そんな思いを込めて、ナルミボーンチャイナの技術開発は進みます。 ミクロの世界へ。 最先端科学の 技術力。
ナルミボーンチャイナが見る夢は次々とあふれ出ていま す。たとえば、マテリアル(原料)の世界から見つめ直す こと。ミクロの世界まで研究し、ボーンチャイナの特性で ある透光性を極めるというものです。そのために、原子の レベルまで遡って科学的分析を行います。
ミクロの世界へ。最先端科学の技術力。
大正時代の建物というクラシックな本社のなかに、研究 開発室という一室を見つけました。ここにはコンピュータ ーや電子顕微鏡などが置かれ、さながら大学の研究室のよ うな雰囲気。そこで働くスタッフの方々の真剣なまなざし、 そして機器を扱う手のなかにも現代の匠としての夢が宿っ ているようです。 鳴海製陶のチャレンジはさらに続きます。たとえば、成 形段階では大変難しいとされているメッシュをあしらった 器の開発や、十八世紀頃の中国で頂点を極めた作陶方法の 「薄胎(はくたい)磁器」をボーンチャイナで実現するな ど…。特にこの「薄胎磁器」は極端に薄い磁器で、その繊 細さは卵の殻にたとえられるほど。手に乗せたときのふん わりとした驚くほどの軽さ、そして透き通るような美しさ は、まさに伝統技術の粋を現代に蘇らせた逸品。器に深い 愛着を持つ、現代の匠ならではのこだわりが具現したカタ チといえます。温故知新。現代の匠たちの終わらない夢。
伝統を大切に守りつつも、常に新しいものに 挑戦する。いにしえの錬金術師がそうであったように、現 代の匠たちが胸に秘める夢は、はちきれんばかりに詰まっ ているようです。静かでゆったりとした雰囲気に育まれな がら、誕生するナルミボーンチャイナ。世界を魅了した磁 器のさらなる未来形を夢見て、鳴海製陶をあとにしました。

